4年前、僕は大学寮を脱走しました。

山梨学院大学の駅伝部にスカウトで入った僕のこの行動が、多くの人に迷惑をかけることになるのは分かっていました。しかし、僕の想いは変わりませんでした。

大学生活に不満があったわけではありません。むしろ、部活動も充実していましたし、友達にも恵まれて楽しい大学生活でした。当時は「とにかく競技で結果を出したい。」それが将来に繋がると思っていましたが、入学してから半年ほど経った頃、結果を出していた4年生の先輩でさえ、競技を辞めて企業に就職する現実を知った時「自分が競技を続けられなくなった時どうなるのだろう、何がしたいのか。」とはじめて卒業後のことを考えるようになりました。

僕は中学生の頃、どこに行っても治らなかった怪我で悩んでいました。
それを救ってくれたのがFMT整体でした。痛みが治ったことに感動して「自分も将来、苦しんでいる人を助けられるような人になりたい」という気持ちが湧き上がり、整体院へ行った帰りの車の中、父に「将来、FMT整体で働きたい。」と話していたことを思い出しました。

「このまま競技を続けるべきか、それともすぐにでもFMT整体で学ぶべきか。」
自分の将来と今に葛藤し、その苦しさに耐えきれなくなってしまった僕は寮を飛び出し、FMT整体の門をたたきました。

FMT整体で研修を始めた時、僕は衝撃を受けました。
業務後も患者さんのことを考え「もっとこういうことができるかもしれないね。」と真剣に模索する先生の姿がありました。「誰かのためにこんなにも全力を尽くす人がいるのか。」と思いました。

当時、中学生の僕がFMT整体に惹かれたのは、誰かのために真剣に本気で向き合っている人たちがそこにいてくれたからだと確信しました。

セラピスト養成学院では、セラピストとしての勉強だけでなく、お金、人間関係、時間、命、文章の書き方、話し方など幅広い分野のことを学びました。その中でもっとも僕が影響を受けたのは自分や人との向き合い方でした。

僕が続けてきた陸上競技は、いかに自分で努力ができるか?が大切なので逃げ出したくなるような苦しい練習や合宿も自主的な練習も、良いと聞いたことは何でもやりました。そこで「頑張っていれば結果はついてくる」ということを経験しました。

ですから、「社会に出てからも同じように頑張れば上手くやっていけるだろう」と思っていました。しかし、現場では今まで自分がやってきたことが通用しないという現実が待っていました。

セラピストとして最初にぶつかった壁。それは、人と向き合うということでした。相手の立場になって考える。相手がわかりやすいように伝える。人と向き合うということは、今までのように自分一人でがむしゃらに頑張るだけでは、成り立たないことがわかったのです。

FMT整体に出会い、本当に人の役に立つのは大きなことではなく、目の前の人に真剣に向き合い、今自分にできることを精一杯するということだと学びました。どこか遠くばかりを見てしまい、目の前の人が困っていないか?自分に何かできることはないか?を考えていませんでした。

「セラピストは職業ではなく、その人の生き方そのものだ。」
FMT整体で学び始めた頃から常に言われてきた言葉です。

自分の生き方がそのままセラピストとしての姿勢になる。だからこそ、まずは自分自身の人生に真剣に向き合うこと、そして普段から関わっている人に自分は何ができるのかを常に考え、行動すること。
そのような人がセラピストとして成長していくのだと思います。

まだまだ未熟者ですが、人として、セラピストとして成長していくために、これからも学び続けて、自分の課題に取り組みながら、目の前の人に向き合いながら、関わった人をより良い方向に導いていけるよう歩んでいきます。

FMT整体 三輪 拳