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「親友」という言葉に気後れしてしまうワケ

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こんにちは。FMT整体の山極です。

先日、柴田先生(愛知小牧本院の先生)と仕事のお話しをしていた時のこと。

話の流れで「親友」というキーワードが出てきたのをきっかけに、
「何を持ってして親友っていうのでしょうね?」という話題に。
(いったい、どんな仕事の話をしていたのでしょうね笑)

ちなみに、ざっくり調べてみたら出てきたものです。

欠点を指摘できないのが「友達」、できるのが「親友」

自分の素までは見せられないのが「友達」、見せられるのが「親友」

楽しい時間を一緒に共有できるのが「友達」、信頼性の強さが重要な「親友」

【引用】https://matome.naver.jp/odai/2137808230815939301

きっと人によって定義や考え方は異なると思うので、はっきりとした線引きがあるわけではないと思いますが、
なるほど一理あるかも、と思えるものもあります。

いずれも、「友達」以上に「親友」は特別な存在というイメージが一般的にも強いと思います。

でも、私はこの「親友」という言葉があまり好きではありません。

そう言うと、同じくその場にいた三輪先生(愛知小牧本院の先生)からも、
「あー、僕もです!」と共感をいただき、そっか、そう思うのって自分だけじゃないんだ〜と思いました。

そのあと話題はすぐに別のことに移り、特に結論は出ないままこの話は終了。

たわいもない雑談でしたが、後になってだんだん気になり、
どうして自分はこの言葉が好きじゃないのかな?と考えてみました。

 

思えば、「私たち、親友だよね!?」みたいな、
少女漫画に出てきそうなセリフに対して、いつからか気後れしてしまう自分がいました。

この「親友」という言葉から「隠し事がなくなんでもさらけ出せる関係」
という印象を受けてしまうからです。

語弊があってはいけないのですが、そういう関係を否定しているわけではありません。
なんでもさらけ出せる人がいることは、とても貴重だし素敵なことだと思います。

でも、だんだん「親友ならば、なんでも言わなければいけない関係」に転じて、
「隠し事をするなんて、私を信頼していないの?」という風に、どうしても
言葉の持つイメージに縛られて重くなっていく気がしてしまうのです。

私にも、心の底から信頼できる友人がいますが、その人たちに自分の全てをさらけ出してはいませんし、
絶対にそうしなければいけないとも思っていません。向こうもそう感じていると思います。

言いたくないことがあったとしても、それをわかってくれて、
あえて聞かずにいておいてくれることもまた、1つの信頼の形だと思うので、
「親友」という言葉を使うことで、逆にきゅうくつな関係になるのが嫌なのだと思います。

あと、「何を言っても許される関係」となってしまう怖さもあります。
相手への気遣いや、かける言葉に遠慮がなくなってしまうのです。

過去、友人から相談電話がほぼ毎日かかってくることがありました。
高校の時いつも一緒におり、周囲からも「親友」認定されていた関係でした。

「大事な友人だから」と、私も彼女の力になりたいと本当に思い、
やらなければいけないことを後回しにして、電話に付き合いました。

しかし、1回の電話が5〜6時間かかることもあり、それがある一定期間続いたことで、
だんだんきつくなり、ある日を境に私は電話に出れなくなってしまいました。
(本人にもそのことは伝え、わかってもらいました。)

「親友だから」という名目で、この子には何を言っても許される・甘えられるという関係は、
時には、相手の負担になることもあります。

負担になるのがダメなのではなく、それに気づいていない一方通行の関係が、
あまり健全なものではないと思いました。

きっと私にも気づいていない時はあるので、あまり偉そうなことは言えませんが、
いつも心がけておきたいことです。

なので、あえて親友という言葉を使うならば、
「親しき仲にも礼儀あり」ということをお互いにわきまえている関係
だとも私は思っています。

そして、お互いに自然とそう感じていれば、
あえて言葉で確認したり言い表したりするまでもない言葉だとも思います。

いちいち「私、人間なんです」って言わないのに近い感覚です。
そんなことは言わなくてもわかるよ、みたいな感じでしょうか。

私の場合は、「親友」という言葉を口にすることで逆に嘘っぽく、
虚無的になってしまう気がして抵抗があるのだと最終的に思い至りました。

 

「親友」とはなんだろう?と考えたのなんて、きっと中学生ぶりだったと思います(笑)
思春期の中学生の女子にありがちなテーマですね。

中学生の時は、
友達・・・仲がいい人
親友・・・ものすごく仲がいい人

くらいにしか思っていませんでしたが、大人になった今になって考えてみると、
当時は考えが違い、発見があって面白いですね。

 

ちなみに・・・

仏教用語で勝友(しょうゆう)という言葉があるそうです。
勝友とは、「優れた友」という意味です。

この人に会うと、いつも元気をもらえたり、自分も頑張ろうって思えたり、応援したくなる、
そんな人間関係のことを言います。ともに切磋琢磨できる仲間のことですね。

私もそんな人と付き合っていきたいですし、そのために、自分が人からそう思ってもらえる、
そんな関係を築いていきたいものです。

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山極 理奈(やまぎわ りな)
長野善光寺平院と横浜センター南院担当。 小さい頃から特にやりたいことがなかった私。普通の会社で普通の会社員をしていましたが、FMTを知って何の知識もないのにためらいなくセラピストに転身したのには、我ながらびっくり。これもご縁だったのかなと思います。患者さんや仲間など、人と人とのご縁を大切につないでいきます。
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