【プロフィール】田中 学

田中

私はよく「今悩んでいることってあります?」「幸せそうだね。」って言われることがあります。
確かに今は好きことをしてワクワクした日々を暮らしています。

だからといって、全く悩みがないわけではありません(笑)。
もしかしたら、悩みのとらえ方が少し違うのかもしれません。

どうして、そのような思いを持っているのか、これからお話しさせていただきます。

私は高校生の頃から体を鍛えることが好きで、年齢を重ねるごとにその気持ちが強くなって、体に関われる仕事、「整体師で誰かのために役に立ちたい!」という思いが強くなり26年勤めいた市役所を退職しました。

10年間東京の整体学校に通っていたので多少の自信はありました。

最初は順調に患者さんが来ていましたが徐々に予約帳の空欄が目立ち始め、ついには電話が鳴らない日が何日も続くようになりました。

やることといえばチラシ配りと通帳の貯金を日々崩す毎日、改めて現実の厳しさを身にしみて感じました。そのような不安を抱えて過ごしていた時に、偶然FMT整体の高瀬元勝 顧問の動画を目にし、それをきっかけにセラピスト養成学院で整体師として、根本的に学び直しをしました。

今までの私は、施術の技術ばかりに目が行き過ぎて、「治す」ともすれば「治してあげる」くらいの気持ちでいました。でも、整体師=技術屋ではありませんし、患者さんは多くの技術を経験しても治らなくて来られているのです。

いかに、今までの習慣や体に備わった治る力を発揮できる環境を患者さんと一緒に考えて行動することが、一番大切であることを身をもって学ばせていただきました。

そして、「この施術に、もっと早く出会えていればよかったのに。」と思っていました。
なぜなら私は、高校3年生の時に野球部で腰痛になった経験があるからです。
そして私は、部活の仲間から最悪の別れ方をしてまった苦い経験があります。

高3の夏、最後の地区予選のメンバー発表に自分の名前がないことを知り、それ以来、部活に行くことを辞めてしまったからです。校内では、野球部のメンバーとも目を合わせず、無視を続けていました。

自分では、恥ずかしさやプライドが邪魔して、部活の仲間との溝をどんどん深くしてしまったのです。「俺の辛さなんて誰もわかるわけないさ!」と思っていました。

本当は、部活のみんなのために私も協力したい気持ちもありました。
でも結局それをしなかった、できなかった自分に、今でも心のどこかにひっかかりを感じています。

もし、今当時の自分にアドバイスするなら

「辛いことを不器用でもいいから自分の言葉で伝えて、チームのためにも自分のためにもしっかり治そう!そして、今できることを精いっぱいやろう!」と言ってあげたいです。

でも、悪いことばかりではありませんでした。
なぜなら腰痛のリハビリでウエイト・トレーニングに出会えたからです。

ウエイト・トレーニングは、やればやっただけ成果として体に現れ、努力が形として報われる体験をしました。
野球で報われなかったからこそ、確実に形として現れるトレーニングに、どんどん没頭するようになりました。

トレーニングをやりはじめると、栄養や睡眠や姿勢など体のことを学ぶようになり、私の腰はどんどん良くなっていつしか痛みはなくなっていました。

もっとトレーニングを極めたいと思うようになり、その環境を維持するために仕事を市役所に選び、パワーリフティングという競技では、全国大会に出場できるまでになり、トレーナーとして経験を積むなど満足のいくトレーニング人生を送ることが出きました。

そんな趣味に没頭していた私にも家族がいます。24歳で妻と結婚をして、今は、子どもが2人います。妻は8歳年上です。いわゆる一般的には、年齢が離れ過ぎていると言うのでしょうか?私たちには関係のないことでしたが、結婚するにあたっては、両家に話をしなくてはいけません。

高3の時、自分の気持ちをチームメイトや監督にしっかり伝えることができずに、関係性を断ち切ってしまった苦い経験があり、それがずっと引っかかっていたからこそ、人生にとって一番大切なこの時に、自分の気持ちを不器用でもしっかり伝えるようと思えることができました。

そして、お互いの両親にも私の言葉で話をして快く私たちを家族として迎えてくれました。

そして結婚1年後、長男が生まれました。授かった子どもは先天性の心臓疾患でこの世に生まれてきました。そのことを妻より先に知った私は、何より「なぜ?なんだ」という絶望感を受けました。そのことを後から知った妻も動揺していましたが、妻の友人から「子どもは、親を選んで生まれてくるんだよ。」と言われたそうです。

私は、その言葉を聞いて、涙が溢れてきました。
長男は、ほかの子のように生まれてすぐに泣くことができませんし、抱くことができなかったので肌を通して誕生を感じることはできませんでした。

でも、保育器ごしのわが子は、紫がかった体でも胸を上下して息をして、しっかり指先をギュッと握っていました。けなげながらにも力強く生きようとしていた姿がそこにはありました。

「この子は、産まれる時から試練を乗り越えてきたすごい子なんだ。

授かった命を大切に育てよう。」そのようなことを妻と話しました。

夫婦の絆がより深まり子どもへの思いも一層深まり家族が結ばれた瞬間でした。

その後も何度も何度も県内唯一の大学病院に通いながら、2度目の手術をしたものの、その後は私たちの心配もよそに、すくすく育ち、中高とバレーボールでアタッカーをするくらいになり、今は、社会人になりました。

今私がワクワクしていられるのは、不器用ながらもさまざまな経験を通して、苦しいことや辛い出来事が、次へのステップになって、今まで見ることもできなかった、良い景色を見ることができた。ということを実感してきたからだと思います。

人生の転機って案外自分が苦しかったり辛かったりと悩んで立ち止まっているときに訪れるものだと思います。そして、そんなときでも、とにかく前を向いていれば、不思議と道が開けてきました。

もし今が、苦しくことや辛いことで一杯であったとしても、それはこれからあなたに起きる転機であり、大きく変わるきっかけなのだと思います。

私は、あなたがあなたの望む生き方に向かっていくためのお手伝いをいたします。

1年前より、今が一番幸せで、それはこれからの1年後、5年後と、どんどんより良いものになっていくはずです。

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田中 学(たなか がく)
トレーニング歴30年、家族や子育てなどでの失敗や教訓など半世紀生きてきた経験を通じ、現在FMT整体の施術家として「気合と本気の施術で日本中を幸せにしたい!」の志で活動しています。
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