【プロフィール】笹田 理恵

小さい頃から真面目で人に頼るのが苦手。熱があっても、学校は休まないほど頑張り屋さん。なのに、自分よりも友達に喜んでほしいと考えている遠慮がちな子供でした。

風邪知らずで、我慢強さもあって、健康に気を使うことがなく育ったように思います。なので、ジャンクフードをたくさん食べて、睡眠不足が当たり前の日々を過ごしても不安にすら感じませんでした。

私のアトピーは、治せない?

社会人になり、状況は一変します。
学生時代から憧れていた、アパレルの企画職に就いたのですが、残業続きのハードワークから肌の炎症が全身に広がります。市販薬では手に負えなくなり、皮膚科に通い始めます。

しかし、1年経っても回復はせず、手荒れはさらに悪化。30分に一度は薬を塗らないと落ち着かず、塗り薬がたった1週間でなくなることもありました。

 

ある日、先生に「薬が効かなくなったので変えてください。」とお願いすると、
「今の薬が一番強いから、これ以上効くものはないよ。」と告げられ、頭が真っ白になりました。

こんなに痒いのに、これを抑える方法がない。
先生は「薬でコントロールしながら、アトピーと付き合っていきましょう。」と言います。けれど、効果を感じない薬でどうコントロールすればいいのか全くわかりませんでした。

 

でも、ここまでハッキリ言われてしまったら割り切るしかありませんでした。
「ここでは、これ以上私のアトピーは治せない。だったらステロイド以外の治し方を自力で探す」

早々に気持ちを切り替え、アトピーを新たに学び始めました。

 

治すためなら、何でも!

今まで健康を意識せず生きてきたので、「生活改善」のすべてが新鮮でした。好奇心旺盛なので、実験をしているようで楽しかったです。

特に食事改善にのめり込みました。加工品を絶ち、完全菜食生活にハマりました。調味料や野菜もオーガニック。お菓子も全て手作りなので、そのために料理教室もたくさん通いました。菜食を極めていくのが楽しくなっていたのです。

 

それと並行して生活改善にも力を入れ始めます。

毎日、隅々まで掃除し、テレビやネットを見ずに極力「刺激」を遠ざけた生活。自然的な暮らしを求めて、現代的なものを嫌いました。
どれだけ高熱を出しても一切の薬も飲まず、病院にも行きません。

同じような価値観の人とばかり会うようにして、アトピーを治すために生きていたと言っても過言ではないほど夢中でした。

この生活がいつまで続くの?

ストイックな生活は3年続き、徐々に肌はキレイになりました。おかげで様々な不調が改善しました。体温が上がり、氷のように冷たい手足もホカホカに。
「元気ってこういう感覚なんだ」と知りました。

しかし、だんだんと心が疲れているのに気付きました。
規制に縛られ、痒くなるのを恐れ、何事も楽しめなくなっているのです。

 

本当は、友人の誘いに躊躇なく行って好きなものを食べたい。
たまには夜ふかしして、みんなと一緒の時間を過ごしたい。
もっとオシャレをして、化粧だってしたい。

しかし、こういった欲は「悪いもの」として心の奥底に押し込めていました。

その反動からか、健康な人に対し「なんで私ばかり。」と妬みを感じ、ジャンクフードを食べる人を見て「あんなものを食べていたらいつか病気になる。」と心の中でバカにしていました。

生活を整えているはずが、気づけば自分の余裕がなくなり、心が荒んでいました。

 

「〜は体に良くないからダメ」
「〜すべきではない」
「〜は悪影響を与える」

外から与えられた情報を中心とした生活で、
我慢がストレスになっても、ただ「体に良いこと」だけを続ける日々。

自分の心の声に、全く目を向けていませんでした。
自然を追求していたのに、私の生き方はとても不自然なものに仕上がっていました。

自分のこころの声を聞くこと

「もっと気楽に生きたい。」
それが私の本心でした。

 

たまには、好きなものを食べてみる。
仕事帰りに少しだけ寄り道をしてみる。
多少痒くても、友人の誘いに乗っかってみる。

少しずつ、小さなことから、試してみました。それだけで心の縛りが取れ、沢山笑えるようになりました。

 

不思議なもので、アトピーへのこだわりを手放し始めてからの方が、肌の治りが加速しました。心と身体は繋がっている、と痛感した瞬間です。

 

脱ステロイドを始めてから3年。アトピーが消えました。
叫び出したいほどに嬉しくて、「自分でアトピーを治した」という達成感と強い自信を手にすることができました。

もうお化粧も出来る。オシャレもできる。海も、旅行も、温泉も大丈夫!

これから先、また荒れることがあっても「アトピーは治せる」そう思えば何も怖くありませんでした。

上京、そしてアトピーの再発

アトピーが改善したのをきっかけに、上京してアパレルのデザイナーになりました。深夜に及ぶ激務でしたが、念願の仕事だったので苦にはなりませんでした。

 

しかし1年が過ぎた頃、アトピーが再発。
まさかこんなに早く再発するとは思っていませんでしたが、寝不足と不摂生に心当たりがあったので「やっぱり私はアトピー体質だから、みんなと同じ生活はできないんだ…。」と深く落ち込みました。

 

自分のアトピーを理解していたものの、当時の仕事量で生活を整えるのは無謀。
駆け出しの状態で、アトピー中心の生活に戻れないと感じました。迷ったあげく「まだ軽い肌荒れだし…。」と、ステロイドを塗って乗り切りました。

しかし、翌年……もはや薬で抑えきれないほどに炎症は大爆発し、顔も体もボロボロに。以前のアトピーより重症化したのです。ここでようやくスイッチが入り、アトピー治療生活が再スタートしました。

大量の本を読み、脱ステの病院や薬局を20件以上回りました。

病院では「ステロイドを塗らないからこんなことになるんだ!」とお説教されることも度々ありました。それでも「誰かが私を治してくれるかもしれない。」とゴールの見えない旅をしているようでした。

アトピーを治したい理由は何ですか?

「なんで私はアトピーに生まれたんだろう。」
「何故みんなと同じように生きられないの?」

とにかくアトピーを責め続けていたある日、一つのブログにたどり着きます。
そこにはこんな言葉が書かれていました。

 

“あなたがアトピーを治したい理由は何ですか?
もしアトピーが治れば幸せになれる、そう考えているのなら、
あなたはアトピーが治っても幸せにはなれません。“

 

まさに「アトピーが治ればすべて良し」と考えていたので、目標を根底から否定された気分でした。ブログの厳しい言葉に悔しさがこみ上げましたが、筆者は重度のアトピーを自力で治した人だったのです。

 

それから、考えました。
私がアトピーを治したい理由……

 

それは「人から嫌われたくなかったから」です。

私のアトピーで、周りの人が嫌な気持ちになる。
アトピーの私のままでは、存在価値がない。そう思い込んでいました。

 

ブログには、「アトピーを気にせず外に出る」と書かれていましたが、当時の私にとって、一番ハードルの高いこと。しかし、藁をも掴む想いで実践することにしました。その些細な行動から、見えている世界が変わったのです。

 

肌がボロボロの私に、何の躊躇もなく着替えを貸してくれる友人がいました。
電車で心ない言葉を向けられた時も、私の前に立って守ってくれた同僚や、
心配して、陰ながらアトピーを学んでくださる上司。
私以上に、身体の変化に気づいて喜んでくれる先輩が会社で支えてくれました。
いっしょに涙を流してくれる看護婦さんや、
ズタボロに荒れた手を、そっと握ってくれるレジのおばさんもいました。

 

なんで今まで気づかなかったのでしょうか。
人の優しさや愛に目を向けていなかったのは、紛れもなく私自身でした。

私は一人で生きているんじゃない。
たくさんの人に助けられ、支えられて生きている。

「私はこんなに恵まれている」生まれて初めてそう思えました。

 

アトピー治療に協力的でない家族と対立することもありました。母親に対しても「もっと健康な体に産んでくれたらよかったのに」と内心では責めていたのです。

けれど、両親にとっては私がアトピーだろうと我が子であることは何にも変わりはなく、愛情が欠けたことは一度もありませんでした。

きっと両親にとっては「アトピー」なんて、どうでもよかったのです。それを超えるくらいの愛情を与えてくれていたと、この頃ようやく気付きました。

アトピーのために生きているわけじゃない

私は、いかに「アトピーの自分」に縛られ、「アトピー」に甘えていたのかよく分かりました。気付きを与えてくれたブログにはこう書いてありました。

 

“「いつかアトピーが治ったら…。」
そのいつかが来る前に命が終わってしまうかもしれません。
「いつか」は「今」なのです。“

私は、「今」を生きる決意をし、もう逃げるのをやめました。

 

なぜアトピーを治したいのか?もう一度、問いました。

私は、自分の人生を愛して、思いっきり謳歌したかったのです。
もっともっと私自身が輝いて、自分を心から好きになりたかったのです。

 

私は、どうしてもブログの著者に会いたくなって、愛知へ飛んでいきました。
それが、FMT整体との出会いです。

 

その後、わたしは、東京を離れ地元に帰ることを決意します。
ずっと仕事中心で走り続けてきたので、「頑張りすぎる自分」を一度やめてみたかったのです。

 

そして目的は、もう一つありました。
それは、“ライターになりたい”という夢を宿していたからです。

仕事で自分に嘘をつきたくない。ライターとしてもっと心に正直に働きたい。
そして、わたしがブログで気づきを得たように、世の中の人の希望となる言葉を届けたいと思っていました。

アトピーがくれたもの

アトピーは、私にサインを出してくれました。
「ねぇ、気づいて。もっと自分をちゃんと見て。」
アトピーは魂の声、そのものでした。

 

FMT整体と関わり始めてから、1年ほどで私のアトピーはほぼ消えました。
身体の症状をきっかけにFMTとのご縁が生まれたと思うと、ますます感謝したくなります。きっとアトピー無しでは、ここに辿り着けなかったですから。

思い返すだけで涙が出るような辛い時期もありましたが、今となってはそれも宝物です。しかしアトピーから得たものは、私のためだけにあるのではありません。アトピーに限らず、困っている人を助けるために得た経験だと考えています。

 

FMT整体と出会うことで、このかけがえのない宝物を生かすチャンスが巡ってきました。

どんな些細なきっかけでもいい。心身の不調に苦しむ人に笑顔が増え、毎日を楽しめるように。
そして、その人が本来持っている「自分らしさ」を輝かせるお手伝いがしたいです。

この経験と決意を、一生忘れることがないように心に刻んでいきます。

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笹田 理恵(ささだ りえ)
アトピーに悩むこと20年。薬ではなく、自らの身体と心を見つめ直すことで治療を続けてきました。その経験から学んだことを生かしてライターとなり、現在はFMT整体で活動しています。みんながそれぞれ、生き生きと輝くきっかけを生み出せるような人で在りたいです。
笹田 理恵(ささだ りえ)

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