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【プロフィール】山極 理奈

山極 理奈

地球半周分、2万4千キロの距離が私を育ててくれた

年季の入った軽自動車で愛知と長野を往復すること1年間。総距離にして2万4千キロ。気づけば地球半周分を走り抜けていました。ここまで何かに突き動かされたのは、人生で初めてのことでした。

以前、長野県のとある一部上場企業に勤めていました。サービス残業や休日出勤は当たり前、社用携帯に24時間365日拘束されるストレス、ギスギスした社内の雰囲気にも毎日モヤモヤ。雇われている立場にも関わらず、周囲と一緒になって会社の愚痴をこぼしてしまう自分を変えたいといつも思っていました。

もがいていた中、ありがちな言葉ではありますが、「他人のことは変えられないけれども、自分のことは変えられる」という言葉に、単純な私は目からウロコ。物事の善し悪しは自分の受け止め方次第と知ってからは、感情的になってついつい愚痴を言ってしまう自分に気付けたり、周りからの影響に心が乱れることもだんだん減っていきました。

同時に、自分のことは変えられるけれども他人のことは変えられない、という解釈が生まれました。例えば、両親のケンカを止めたくても、どうやって止めたらいいかわからなかったり、うつの友人を苦しみの底から救いたくても、私に直接できることは何もない、と諦めに近い感情がありました。

FMT整体との出会い

FMT整体と出会ったのは、ちょうどそんな頃。抱えていた足裏の痛みを治すために治療院探しをするさなかでした。「へえ、こんな組織があるんだな。」と思いました。「あいさつをすること」や「悪口、うわさ話をしない」ことを大事にし、厳しく伝えるその姿勢にとても胸を打たれました。私のいた職場では、あいさつをしても返事が返ってこないこともしばしば。入社したてのころは元気よくあいさつをしていた私も、周りに流され、いつからかまともにあいさつをしなくなっていたからこそ、より心惹かれたのでしょう。

会社に限らず、どこにいっても人間関係に悪口やうわさ話はつきもの。そう思っていただけに、そうじゃない環境ってどんなものだろう?と興味が湧きました。そんな環境や人が本当に存在するなら、私も一緒に働いてみたい。一度浮かんだ思いはむくむくと湧いて止まらなくなり、後先考えずセラピスト養成学院に応募していました。

学院では、当初から「セラピストは職業ではなく、自分自身のあり方」だと言われ続けてきました。院内で患者さんと接する時だけでなく、どこにいても誰といても常にセラピストでいること。ですから、どんなに些細なことでも指導を受けました。例えば、人の話を最後まで聞くとか、きちんと相づちを打つとか、早口に気をつけるとか。また、日常生活の何気ない動作は、そのまま患者さんへの触れ方につながると言われていたので、ドアをバタンと閉めないとか、物をそっと置くとか、むやみに足音を立てないとか。

一見、当たり前のようなことばかりかもしれませんが、私は人が話しているのを途中でさえぎって自分の言葉をかぶせてしまったり、相手が理解しているかどうかなんておかまいなしに早口で話してしまう人間でした。前職では営業として顧客や他部署と毎日連絡をとり、コミュニケーションにはそれなりに自信があっただけに、こんな当たり前のこともできていなかった自分にがく然としました。

「足音を聞いただけで山極さんだとわかりますね。」などと苦笑いをされてしまったことも数知れず。まるで小学生が注意されるようなことばかりですが、自分がこれまでサボってきてしまったことが見事に浮き彫りになり、今から気をつけたところでもう手遅れなんじゃないかと途方にくれました。

指導の先生方は、そんな私に根気よく指導を続けてくれました。長野院を開院してからも、最初の1年間は週の半分は長野で施術、残りの半分は愛知小牧本院で研修を受けていました。研修は強制ではなく、任意。自分の学びのためですから、移動にかかる高速代やガソリン代は実費です。

だから先生方は、できる限り私の成長につながるようにと毎回本気で徹底指導してくれました。耳の痛いこともたくさん言われました。愛知で受けた指導を、長野に帰って実践。毎週毎週その繰り返し。毎回同じようなこと言われては、同じ失敗を繰り返す自分があまりに情けなく、帰りの車の中で悔し泣きしながら、大事なことをサボってきた過去の自分を恨めしく思ったものでした。

きっかけをくれた「大好きです。」の言葉

しかし、やがてその成果が目に見える形となって現れるように。患者さんからいただいた施術に対する感想用紙に「山極先生の触れてくれる手の温かさと声に癒されながらの施術 大好きです」と書かれていたのです。とにかく自分を変えたくて、わけもわからず言われたことに必死で取り組み続けていたら、自分でも知らないうちに患者さんのことを癒していたのです。変えられるのは自分のことだけと思っていた私は、びっくりしたのと同時に、とても嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

それまでの私は、人からの相談に良かれと思ってアドバイスをしたことが、逆に相手を落ち込ませてしまったり、反発を生んだり、裏目に出てしまうことばかりでした。アドバイスをしても思い通りに変わっていかない相手についイライラしてしまうことも。本当は大事な人にはいつも穏やかに笑っていてほしいのに、そうではない現実に対して一体どうすればいいのかわからず苦しかった私は、「自分のことは変えられるけれども、他人のことは変えられない」という言葉を逃げ場にし、自分と他人の間に壁を作っていました。

でも、FMT整体で学んだことを実践するうちに、「大事な人にいつも笑っていてほしい」と願いながら、その逆のことをしていた自分に気づきました。相手の話にちゃんと耳を傾け、気持ちを考えるようになってからは、「話を聞いてもらって楽になった」などと、患者さんばかりではなく家族や友人からも言われることが増えました。「私には人を変えることはできない、もういいや。」と諦めていましが、決してそんなことはなく、自分が変われば人も変わっていくのだと気づかせてもらいました。

そのことに気づけたのは、壁を作っていた私に対して根気よく関わってくれた先生方や仲間がいてくれたおかげです。当時は正直、「なんでそんなことまで言われなければいけないんだ」と思うほど、かなり手厳しいことも言われ、散々落ち込みました。でも、いつやめても良かったはずの愛知〜長野間、毎週500㎞の往復を、ただの一度も「やめたい」と思わなかったのは、先生方が本気で私を成長させようとしてくれていることが、どこかでちゃんとわかっていたからでしょう。自分以外の誰かに対してあそこまで本気になれることのすごさを、今になって何倍も実感しています。何度も何度も、本当に何度も繰り返し指導してもらったことで、私自身も考え方や行動が変わっていきました。決して私一人の力ではここまで来られなかったと思います。

人は関係性の中で育てられていく

私は、自分の「あり方」とは、人と人との関係性の中で影響を受けながら育つものだということをFMT整体で学びました。そうして出来上がっていった自分のあり方が、良くも悪くもまた他の誰かに影響を与えます。それならば、私は誰かにいつも良い影響を与えられる自分でありたいと思います。

「あり方」とは、立ち振る舞い、表情、声、気持ち・・・など、目に見えるものもあれば見えないものまで様々だと思いますが、その根底にあるのは「大事な人にいつも笑顔でいてほしい」という想いです。自分の目の前にいる人が、どういう状態であって欲しいかは、私自身のあり方が映し出されるもの。自分自身がいつも笑顔でいることが、また別の誰かの笑顔につながり、それが1人、また1人…と連鎖していくとしたら、私にとってこれ以上の幸せはありません。

私一人では難しいかもしれないけれども、この人たちと一緒ならできる。そう思えるFMT整体の仲間に囲まれながら、1人でも多くの人が笑顔であれるよう、私はこれからも活動を続けていきます。

FMT整体 山極 理奈

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山極 理奈(やまぎわ りな)
東京大崎院担当。普通の会社員から施術家へ。きっかけは長年付き合った足底筋膜炎。来院した私の目に飛び込んできたのは、学生へ向けた「必ず挨拶をすること」のルール。言葉に込められた厳しさと優しさに感動しました。家族のようなこの場所で、人と人とのご縁を大切に繋いでいきます。