オスグッド、足底筋膜炎、野球肩、顎関節症、シンスプリント、腱鞘炎、頭痛の患者さんが日本一集まる整体院 – FMT整体

オスグッド、足底筋膜炎、野球肩、顎関節症、シンスプリント、腱鞘炎、頭痛の患者さんが日本一集まる整体院 – FMT整体

FMT整体誕生ストーリー

FMT整体ストーリー

お寺の子

FMT整体の本院は、愛知県は小牧市にある、500年の歴史を誇る禅寺、福厳寺(ふくごんじ)というお寺のふもとにあります。私はこの寺の次男として育ちました。豊かな自然に囲まれたのどかな山寺は、幼少期の私にとっては、最高の遊び場でした。

 

福厳寺

 

しかし、成長するに従って、師匠の厳しい教えや、堅苦しいしきたり、ことあるごとに周囲の人達から「お寺の子」と評される重圧を嫌った私は、いつしか、「坊さんにだけには絶対になるものか」と考えるようになり、お寺を出ていくことばかり考えるようになりました。

 

大人になった今では、お寺という特殊な環境で育った体験は、とても貴重で、ありがたいことだったと感じています。また、私がこうして楽しい人生を歩めるのは、両親が私を厳しく、健康にそだててくれたからだと感謝しています。

 

3つ上の兄と、1つ下の妹の3人兄弟の真ん中。逆子であった私は、帝王切開で生まれました。

 

甘えん坊で小心者のくせに、好奇心旺盛でダメと言われたことは全部やってみたい。そんな無鉄砲な性格が災いしてよく怪我をしました。

 

井戸に落ちたり、屋根から落ちたり、薄く張った氷の上を歩いて真冬の池に落ちたり、自転車で猛スピードで転んで顔中擦りむいたり、母の実家の牧場で耕運機を無断で運転して牛小屋の壁に突っ込んだり、時効になった今だから言えることですが、中学生の時に家の車を無断で運転し、田んぼに転落して廃車にしたこともあります。

 

特に5歳になった冬のある日のこと、沸騰したヤカンが乗ったストーブの前を妹と取りあったことが災いして、両足に大やけどを負い、何度も手術入院を繰り返したことは鮮明に記憶に残っています。

 

今でこそ傷跡がわからないくらいに回復をしましたが、神経をやられて症状の酷かった左足は特に感覚が鈍く、今でも水中などで冷えると、左足首がほとんど動きません。だから今でも水泳は苦手です。

 

母には本当に苦労をかけました。私が事件を起こすたびに母は、お腹の傷跡を撫でながら「お前は生まれる前から心配をかけ通しだね」と嘆いていたことを思い出します。

 

 

痛みと、違和感と、不快感

そんな私が、人に治療される立場から、人をケアする立場になったきっかけは、大学時代から続けていたカラテと、交通事故の後遺症に苦しんだことでした。

 

1981年の暮れ、私は玉突き事故に巻き込まれ、むちうち症を患います。

 

全身に不快感を残しながらも整形外科へ数回通院した後は、「そのうち治るだろう」と放っておきました。さらに極真カラテの全日本大会への出場を控えて、身体中の痛みを無視して稽古に通っていました。

 

空手

 

ところが、ある日のウエイトトレーニング中、突然背中に走った鋭い痛みに驚いた私は、100キロものバーベルを胸の上に落とし、鎖骨から肋骨にかけて骨折する大怪我を負います。

 

負傷を残したまま出場した大会では、もちろん手も足も出ずに無様な一本負け。

 

その後は体調も気分も常に最悪。朝は腰から足にかけての痛みで目覚め、飛行機に乗って気圧の影響を受けると関節の奥が疼き、スーパーの食品売り場で冷えると、身体の節々が痛むような状態が続くようになりました。

 

長引く身体の不調は、知らず知らずのうちに、精神をも蝕みはじめます。外ではいい顔をして何とか体裁を保っていても、家ではささいなことでイライラし、身内に当たってしまう自分がいました。

 

身体の痛みや違和感が、心にまで影響を及ぼすことを、実体験として思い知らされた日々でした。

 

 

病院の治療

ようやく事の重大さに気付いた私は真面目に病院へ通うようになりました。

 

それまでの人生の大半を西洋医学に頼り、助けられてきたわけですから、東洋医学など全く信じてはいませんでした。それどころか「整体などは国家資格でもないし、保険が効かないから高いし、怪しい」と思っていました。

 

だから、評判のいい市民病院や大学病院を転々とし、何時間待ってでも、神の手を持つ優秀な先生に診てもらいたいと思っていました。

 

病院

 

しかし、病院での治療効果は期待したほどのこともなく、湿布をもらうか、電気をかけるかに終始しました。

 

そして、ある時先生に、「腰痛の原因は、腹筋背筋が弱いからだ」と言われたことがきっかけで、病院への信頼は薄れていきます。当時の私は競技空手の現役選手でしたから、やり方を問わなければ腹筋、背筋は500回でも、600回でも出来ました。全日本クラスのスポーツ選手なら毎日腹筋背筋をやっている人は少なくないはずです。

 

それを、私の腰痛の原因が、単に腹筋や背筋の筋力不足のせいだと言うのなら、なぜスポーツ選手にはあんなにも腰痛持ちが多いのでしょうか。しかも、それを普段腹筋を1回もやっていなさそうな先生から言われるのです。

 

「病院の先生には、この痛みは分からない」そう思いました。

 

 

西洋医学から東洋医学へ

大きな病院へ通院するということは、大変な作業です。何時間も待って、やっと呼ばれたら、レントゲンをとって、また待って、ようやく先生と一分ぐらい会話をして、電気をかけて、湿布をもらって…看板は違っても、どこの病院も同じような流れでした。

 

次第に、最初は信じていなかった東洋医学の治療院へ通うようになりました。

 

人体図

 

地元のスポーツ選手の間では名の知れた接骨院の先生を訪ねました。先生はとても親身になって話を聞いてくれました。週2回、毎週通いました。

 

先生が「良い」とオススメするものは全部やりました。シャンプーを変えろと言われればシャンプーを変え、甘いものを控えろと言われれば、好物のイチゴパフェも控えました。歯の詰め物が悪いと言われれば、先生指定の歯医者さんですべての歯の詰め物を変えました。それでも根本的には改善しませんでした。

 

そして最後には、「高瀬君、お寺の息子さんにこんなことを言うのは何ですが、実は痛みの本当の原因は、あなたのお寺の墓相が悪いことです」とおっしゃったのです。

 

墓相の関係もあるのかもしれません。でも、それ以上、その先生のお世話になる気はしませんでした。

 

その後、鍼灸、接骨医院、気功法、カイロ、整体、リンパマッサージ、ヨガ、加圧トレーニングetc 良いと聞けばあらゆる治療を試しました。しかし、どれを試しても結果は思うように出ず、時間とお金ばかりが飛んでいきました。

 

 

「整体」と呼ばれる療法との出会い

見かねた母が、あるスポーツ整体の先生のことを教えてくれました。

 

その先生は元競輪の選手でした。生死ととなりあわせのレースの中で、何度も転倒し、何度もケガをした。そんな体験に裏付けられた話と、施術にかつてないほどの安心感を感じました。その先生を信じてみようと思いました。

 

施術

 

そして、先生の指導に従って通院するうちに、事故前に近い状態にまで回復することが出来たのです。

 

体の痛みや、疲労が癒されると、心に元気が湧き上がってくることにあらためて気付かされた私は、ぜひ自分もこうした技術を身につけて人々に喜んでもらえるような坊さんになりたいと考えるようになりました。

 

そして、大学院在学中の身でありながら無理を言ってそのスポーツ整体の先生に弟子入りし、同時並行で他のスクールへも通って知識と技術を学び、施術を開始したのです。この先生との出会いがなければ、施術の道に入ることはなかったわけですから、今でもこの先生には、感謝しています。

 

先生から教わった技術の特徴は固まった筋肉を色々な角度からほぐし、操体という方法でバランスを整えていくものでした。たしかに効果もありました。「冷や汗がでるほど痛いけど効く!」と、痛いことがかえって口コミになって広がっていきました。

 

 

最低最悪の施術家

そんなある日、訪れた重度のリウマチ患者さんを入院させるという致命的な事件を起こしてしまったのです。聞けば治療後に体の痛みが増し、2ヶ月ほど動けない状態だったそうです。

 

恥ずかしながら、当時の私には慢心があったのかもしれません。BMWを乗り回し、「俺には何でも治せる」と、出来る治療家気取りで調子に乗っていた節がありました。

 

街

 

けれども、一生懸命施術をすることが、私の誇りでしたから、施術で手を抜いたり、いい加減な気持ちで施術をしたことはありません。

 

ご主人がとても情けのある方で、「必ずしも私の施療が原因ではない」と逆に慰めを言ってくださったものの、正直人の体を診るという行為が怖くなりました。

 

そして、1人でもその治療によって患者さんの症状を悪化させてしまった以上、同じやり方を続けてはいけないと思いました。自分の技術不足もあったでしょう。知識の不足もあったでしょう。

 

しかし、何がいけなかったのかを考えれば考えるほど、もっと根本的なところに原因があり、そこが従来の療法の限界であるように思えてならなかったのです。

 

私は、講師として勤めていた学校に辞表を出し、3年という期間を自分に与えて人体を1から学び直すことに決めました。それまで学んできた理論と療法を離れ、もっと広い視点で施術を学び直すことにしたのです。

 

日本内外を問わず、様々な治療法をリサーチし、全国の治療院を訪ね歩き、ピンときた療法や、トレーニングの研究に熱中しました。気がついたら800万円ものお金を注ぎ込んでいました。

 

 

迷い、そして迷いからの脱出

世の中には実に様々な療法があります。超音波や電気を使った最先端機器を使った療法もあるし、ミツバチに刺させるといった原始的な療法もあります。

 

トンネル

 

世の中には色々な考えの先生がいます。同じような症状であっても、ある先生は温めろというし、ある先生は冷やせという。ある先生は引っ張れと言うし、ある先生は押せという。

 

そして、それぞれの療法で、先生で、治ったという人もあるし、治らない人もある。それが治療業界の現実です。

 

病院であろうと、民間療法であろうと、この世に存在するすべての治療は、その治療自体が直接症状を改善させるわけではありません。

 

治療という外部からの刺激によって、もともと私たちの体に備わっている自己回復能力(自然治癒力)が引き出されたことによって回復するのです。けれども、どこに、どのように働きかけるかという理屈や方法が、先生によって違う。それが治療法の違いなのです。

 

目的が違うこともありますし、例え同じ目的に向かって行動しているとしても、やり方はさまざま。どの療法が正しくて、どの療法が間違っているということも言えません。

 

ただ、例えば、同じ甲子園を目指してがんばっている高校野球のチームを見たとき、誰もが甲子園優勝という目標をもって練習を積み重ねていますが、結果として、甲子園で優勝するチームと、甲子園に行けないチームがある。

 

そこには、練習メニュー、選手の意識、監督の指導、練習環境などさまざまな要因があるでしょう。同じように、同じような症状であっても、明らかに改善の早い治療院と、そうでない治療院がある。

 

そこには、先生の能力、熱意、患者さんの治そうとする意思、治療を受ける姿勢など、様々な要素が絡んでくることでしょう。

 

しかしながら、患者として、施術家として、これまで30近い治療法を体験し、学んだからこそ言えることがあります。それは、改善の早い治療院には1つの共通点があるということです。

 

その共通点とは、改善の早い治療院では、必要以上のことはやらないし、仰々しい機器での治療はしていないということ。また、患者さんの好みに合わせてギューギュー強く押すような施術をするというようなことはしないという共通点です。

 

つまり、症状の改善が早いと思われる治療院は、「自然治癒力を引き出すために、身体に必要以上の刺激を与えない」という点で共通していたのです。

 

長年マッサージがいいと吹き込まれてきた人には、にわかには信じられないかもしれませんが、筋肉は確かに揉むと一時的にほぐされ、血流が良くなって楽になる気がしますが、実はその後、受けた刺激に対抗するようにさらに固くなる性質があります。

 

ましてや痛みがある時には、身体が痛む箇所を守ろうと、些細な刺激にも反応して緊張を強めますから、強い刺激による施術は、望ましい結果をもたらしません。

 

必要以上の刺激は、身体が本来持っている治癒力の出番を奪ってしまう」のです。

 

※もちろんマッサージにも効果はあります。ただ、炎症を起こしている場合や、重度の疲労状態の場合には、通常のマッサージを繰り返すより、効率的に疲労を回復する働きかけの仕方があることは、あまり知られていません。

 

このことに気づいた私は180度考え方を替えました。ただ、それまで学んできたどんな療法にも、「この点では納得できる、でも、、、」と、自分の中で何か釈然としない部分がありました。

 

だからといって、先生方から教わった技術を、自分の感覚に基づいて変化させていくことへの遠慮もありました。

 

しかし、自分の中にモヤモヤとした感覚を残したまま患者さんに施術をするのは、失礼ですし、何より、現状望ましい結果が出ていないのに、その結果が出ていないことの延長線上をいくら辿ってみても、堂々巡りからは抜け出せないと思ったのです。

 

私は、これまで自分が学んできたことを客観的に眺めながら、自分の道を模索し始めました。身体で分かりかけてきている感覚はありましたが、いざそれを言葉にすること、上手いこと表現することはできませんでした。

 

自身が感じている感覚が、再現性のある技として確信できるまでには、時間が必要でした。自分の体や家族や犬、猫といった動物も実験対象となりました。

 

そしてついに、後に仏手(ぶっしゅ)と名付けられる、特殊な働きかけのパターンを生み出すことに成功し、その療法は私自身が驚くほどの結果を続々ともたらすことになります。

 

 

方向性への確信とFMT療法の確立

確信を持った私は、あの入院をされたリウマチの患者さんに手紙を出しました。

 

「もう一度チャンスを下さい」と。

 

週3回の治療を重ねること10ヶ月。その患者さんは毎月の病院の検査で医師から驚きを込めて「まだ多少のこわばりが認められるものの、もうリウマチではない」と診断されたのです。

 

本人から報告を受けた日、私は部屋にこもって一人泣きました。

 

日の出

 

私が治療したというより、ご本人が自分の体ときちんと向き合う強い気持ちを持っておられた結果です。私はそのきっかけを与えたにすぎません。人間の命の不思議さにあらためて感動させられた出来事でした。

 

私たちのような民間療法の整体院には、病院に行くまでもない人か、病院に行ったけれど改善しない人のどちらかしか来ません。

 

だからこそ、私たちには病院に行ったけれどなかなか改善しない症例がたくさんあります。これは、何も病院が劣っていて、私たちが優れているということではありません。他の療法がダメで、FMT整体が素晴らしいと自慢したいわけではありません。

 

病院には病院しかでいきない役割があり、他の治療院には、他の治療院しかできないことがあり、私たちには私たちにしか出来ないことがあるのです。

 

その、私たちにしか出来ない役割を突き詰めてきた結果、今では、特にスポーツ障害、難治性疾患においては、日本でもトップレベルの症例と技術を有する整体院として、全国の方々に認知していただけるようになりました。

 

 

使命と決意

私たちは今、「整体院」の枠を超えた、2つの新たなるチャレンジに取り組んでいます。

 

1つには、増え続けるアレルギー疾患、女性疾患、慢性疾患についての症例を積み重ねながら、体への施術という部分的なアプローチだけでなく、食、運動、精神などを総合的にケアする視点と療法の確立。

 

2つには、多くの人達の健康のお手伝いをしながら、自らも社会のリーダーとして人生にチャレンジするセラピストの育成。

 

FMT整体はこれからもあなたのFMT整体です。

 

私たちを信頼して体を預けて下さるあなたへの責任として、私達は施術技術向上のための努力と研究を惜しまないことを約束します。

 

そしてこれからもFMT整体は拡大発展、質の向上と共に、痛いとき、辛い時に気楽に来院できる駆け込み寺としての院作りを目指します。

 

最後までお読みいただいたこと、あなたとのご縁に感謝します。

 高瀬元勝写真

FMT整体 顧問 

高瀬元勝

 

 

 

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