18歳。無我夢中で走り抜けた日々

「なんでもやるのでここで働かせてください!」自分の将来と今に葛藤し、その苦しさに耐えきれなくなった僕は大学の寮を飛び出し、FMT整体の門をたたきました。これが、僕のセラピスト人生のはじまりです。

FMT整体との出会いは、中学1年生の時です。お年玉を握りしめながら、親に内緒でFMT整体が提供していた「オスグッド・セルフケアDVD」を購入しました。膝の痛みを治したい一心で購入したDVDとの出会いが僕の人生を大きく変えることになるとは、その当時は思ってもみませんでした。

セルフケアDVDが届き、ケアを始めると痛みが少しずつ減っていくことに僕は驚きました。1年半近く、地域の病院や治療院に通っても治らなかった膝の痛みが自分のケアで良くなっていくからです。治る希望を持った僕は父にDVDを購入したことを打ち明け、片道4時間かけてFMT整体に通いました。

全力で走れるまでに回復した僕は、高校で陸上競技をはじめました。怪我で苦しんだからこそ、痛みなく動けることの喜びは大きかったです。高校進学後は“3度の飯より陸上競技”というほど部活に打ち込み、大学からスカウトを受けるまでの選手に成長することができました。結果的には、大学生活を送る中で「競技を続けていくことが自分の将来に繋がっているのか?」と迷い、先が見えない苦しさから大学を中退してしまいましたが、この陸上の経験は自分の人生にがむしゃらに頑張ることの大切さを教えてくれました。

セラピストに求められたもの

大学を中退した僕はセラピスト養成学院に入学。中学の時に FMT 整体で怪我を治してもらったことやスタッフの皆さんの人柄が強く印象に残っており「将来、ここで働きたい」と思っていたからです。

それからは、FMT整体で受付のアルバイトをしながら勉強する日々が始まりました。アルバイト経験はありませんでしたが、高校時代から厳しい顧問の元で陸上をやってきた自負があったのでどんな環境でもやっていける自信はありました。

しかし、その自信は日に日になくなっていきました。患者さんとコミュニケーションをしても話が噛み合わない、院内で患者さんが困っていることに気がつかない、先輩から言われたことに対して応用が効かないなど、自分の不器用さを痛感したからです。FMT整体では、これまで陸上競技でやってきたような“自分がいかに成長するか”ではなく“相手の立場をいかに考えて行動できるか”が求められました。

少しでも上手くできるようにと、がむしゃらに頑張れば頑張るほど空回りをして、業務後は自分の情けなさに落ち込んでいました。そんな僕の姿を見ると先輩の先生は「大丈夫。当初の僕は今のげんくんよりひどかった。」と自分自身の過去の失敗談を話してくれました。僕には完璧に見えた先生も悩みながら成長してきたことを知り励まされたのと同時に、自分の失敗を躊躇なくさらけ出すその姿勢に驚かされました。

それからは先輩の先生の動きを目に焼き付け、アドバイスを聞いているうちに、患者さんから「ありがとう」と言っていただくことも増えていきました。受付をしていた僕は「ありがとう」の一言をもらうたびに、まるで自分も患者さんを施術して、役に立っているような気持ちになり嬉しかったです。

「ここに来て良かった。」噛みしめる喜び

月日は流れ、僕は18歳でセラピストデビューします。寝る間を惜しんで勉強も技術の練習もしましたが、自信はまったくありませんでした。患者さんのことよりも自分の18 歳という年齢を気にしてしまい「こんな若い先生で大丈夫?と思われるだろうな。」という妄想で頭の中はいっぱいだったのです。

そんな状況の中、デビューから2週間経った頃、ある女性の患者さんが来院しました。その方は、常に全身の震えが止まらず、問診票を見ると、シェーグレン症候群、リウマチ、パニック障害、自律神経失調症、うつ病、、、と自分が診たこともない症状ばかりが書かれていたのです。僕は、その症状名におじけついてしまい、動揺を見せないよう堂々と見せながらも心の中では正直、焦っていました。

話を聞くと、これまでに何十件と病院や治療院に行ったけれど原因がわからず、医者からもう治らないとさじを投げられた患者さんでした。その方は問診の最後に「もしかして、ここなら少しでも良くなるんじゃないかと思って、、、。」とおっしゃいました。「なんとかしてあげたい」という気持ちが自然に湧いてきた僕はとにかく精一杯施術をしました。けれど、その場で変化はなく、落ち込んだ様子で帰られる背中を見ていたたまれなくなりました。「先輩の先生が診たら何か結果は変わったのかな。」とその方が帰られた後は、椅子に座りながらしばらく呆然としていました。しかし、1週間後、その方から予約の電話がありました。

「本当にここにきてよかったです。ありがとうございました。」その方は笑顔で来院しました。髪型も変わり、顔の表情も明るくなり、まったくの別人になっていたのです。そして、ずっとやりたかった仕事をはじめたこと、新しい資格にもチャレンジしていることを、目に涙を浮かべながら話してくれました。僕は何が起こったのかわからなかったけれど、その方の話を聞きながら、もらい泣きしそうになりながら「セラピストになって良かった。」と今まで味わったことがない喜びを噛み締めていました。

その矛先を変えることが力になる

FMT整体でアルバイトを始めた初日、先代の高瀬から「コンプレックスはある?」と質問されました。僕からとっさに出てきた言葉は「大学を中退したこと」でした。親や監督の大反対を押し切り、将来のための決断と言いながら飛び出したものの、物事を途中で投げ出した自分、責任感のない行動をとった自分を自覚していたからです。すると高瀬は「そうか、それなら大丈夫だよ。ここは途中で投げ出しても連れ戻しに行くからね。」と笑顔で言われました。予想していなかった言葉に僕は驚きましたが、どこかで安心感を得た自分もいました。

FMT整体には、過去の挫折や苦しかった経験から痛みを知っている人たちが集まっていました。でも、そのような人ほど強く深い優しさを持っていたのです。自分の苦しんだ経験がお互いを思いやる気持ちに変わり、助け合うことに繋がっているのだと僕はFMT整体で過ごす中で気づかせてもらいました。そんな自分以外の誰かの苦しさや痛みがわかる人たちに支えられたおかげで僕は今、こうしてセラピストとして舞台に立つことができています。

僕は不器用な人間です。けれども、経験した挫折や苦しさをチャンスへと変えることができました。ですから、今、苦しく辛い状況にある方にもその経験がやがて大きなチャンスに変わる可能性を持っていることを知ってほしい。それが僕のセラピストとして活動をする理由です。苦しさを経験した分だけ人に優しくなれる。痛みを経験した分だけ強くなれる、悩みや弱さ、コンプレックスがあるから成長しようとする力になるということを自分のセラピスト人生を通じて多くの人に伝えていきます。

FMT整体 三輪 拳