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【プロフィール】三浦 博

三浦 博

失った日常が与えてくれた道

突然起こった東日本大震災は、当たり前にあると思っていた日常や家族の笑顔を奪っていきました。しかし、そんな辛い毎日が、私の新たな人生をスタートさせてくれるとは思ってもみませんでした。

妻や3人の子供たちの不安を取り除きたいけれど、どうやって助けていいか分からず悶々とする毎日。現実から逃げ出したかったのだと思います。いつしかランニングに没頭するようになりました。走ると余計なことを考えずにすみました。しかし、いつも隣にある不安が体に大きなストレスとなっていたのかもしれません。ある日突然、足の裏に痛みが走りました。

2ヶ月近く地域の病院や治療院に通院しても治らなかったその痛みを何としても治したいと思い、私は検索して偶然見つけたFMT整体の「足底筋膜炎セルフケアDVD」を半信半疑で購入しました。「え〜、それで治るの〜。」子供たちや妻から笑いが起きるほど、そのDVDに収録されていたケア方法は簡単で拍子抜けするものでした。案の定、足裏の痛みは変わらず、私は「そんなうまい話はないか。まあ、みんなが笑ってくれたのが救いだな。」と諦めとも言えるかもしれませんが、ある意味スッキリした気分で床につきました。しかし、驚いたのはその翌朝でした。いつもは激痛の寝起きの一歩目の痛みが激減し、ケガをしてから初めて階段を駆け下りることができました。治る希望がもてた嬉しさ。そんな私を見て驚き一緒に喜んでくれた妻が、その嬉しさを何倍にも大きくしてくれました。

「これは本物だ」放射能や足裏の痛みに関して調べる中、氾濫した情報に何を信じていいのか分からなくてなっていた私。でも自分の身体で感じた事実には有無を言わせぬ説得力がありました。当時住んでいた福島県から横浜センター南院まで十数回通い、ついに足裏の痛みを治すことができたのです。

家族を守るための覚悟

私は、通院中「ここで学んで自分の腕に職をつければ好きな場所で暮らせるかもしれない。自分で家族を助けられる。」そんな可能性を感じ、FMT整体に惹かれていくようになりました。当時は裁判所で書記官という責任のある仕事をしていました。充実していましたし、何より家族を持って安定した職を捨てるのは正直怖かったのですが、清水の舞台から飛び降りる覚悟でチャレンジを選び、セラピスト養成学院に入学を申し込みました。

学院では、人体のことはもちろん、宇宙や人間関係、生き方のことまで学びます。これまで受けた学びの中で一番興味深く充実した内容でした。実技は家族が練習台でした。子供たちからは順番待ちでケンカが起きるほど連日大好評でしたが、妻だけは「私はいい。子供たちにやってあげたら。」と施術を受けてくれませんでした。妻の反対を押し切って整体を学んでいたので気持ちはよくわかりました。次第に妻を喜ばせたい、安心させたいという気持ちが私の中で大きくなっていきました。

寸暇を惜しんで学んだ結果、養成学院を無事卒業することができました。先輩の先生方と「どこで開業をするのか」などの打ち合わせをするなど、全てはうまく進んでいるように思えました。そしてFMT整体の本院で開業前の実地研修として、受付をしながら学ぶ日々がはじまりました。学院では朝から晩まで勉強しましたし、長年裁判所の窓口で当事者対応をして経験を積んできたという自負があったので、すぐに開業できると思っていました。しかしその思惑は見事に外れました。

死ぬ気。そこから見えたもの

患者さんと話をしても会話が噛み合わず、患者さんの求めていることを理解できずに、自分が伝えたいことばかりを伝えていました。今振り返ると、困惑したり、不満に思ったりしている患者さんも多かったのではないかと思います。

先生方から指導や注意を受けても、そんな状態からなかなか抜け出すことができませんでした。プライドも邪魔をしたと思います。私に必要だったものは、患者さんの気持ちや状況を理解し、そこに寄り添おうとする心の在り方、素直に一所懸命に取り組む姿勢だったのだと思います。しかしこれまで育ててきた心はなかなか変化しませんでした。そんな状況を先生方には見透かされていたのだと思います。開業の許可が降りる気配は全くありませんでした。

「一度、死ぬ気で頑張ってみたらどうですか。」先生から言われた言葉です。それからは、自分を捨てて、やれと言われたことは全てやりました。そういう環境を作ってもらいました。掃除、草取り、近隣のゴミ拾い・・・そうやって一つ一つのことに集中し、丁寧に行っていくことを繰り返していく日々によってなんとなく心持ちが変化していくのが分かりました。だんだんと先生方の注意や指導内容も変わってきたように思われ、自分でも手応えを感じていました。そしてある日先生から「三浦先生、受付は大分良くなってきたので、今後は患者さんの施術を少しずつ任せていきます。次の新患さんの施術をしてください。」と言われました。

それまで先生方の施術を何百回と目に焼き付け、会話や技術を学んでいたので、やることは分かっていました。それでも本院での初めての施術前は、過呼吸になるのではないかと笑われるほど息が乱れました。緊張しつつも施術はその時の精一杯を出し尽くしました。そして施術後に患者さんから言われた「ありがとうございます。先生、またよろしくお願いします!」の一言に、バックヤードで勝手に涙が出てきました。これまで受付でよく聞いていた言葉だったのですが、初めて目を見て言われたその一言に患者さんの気持ちがヒシヒシと伝わってきて、こんな私でも辛抱強く指導を繰り返してくれた先生方のおかげで患者さんの信頼を得られたことが何より嬉しかったのです。

そして、月日は流れ研修開始から9ヶ月が過ぎようとしていたある日、先生から「来月から横浜院で施術をしてください。」と言われました。びっくりしたと同時に、正式に一整体院の施術家を任せてもらえることが誇らしく、これまで頑張ってきたことが、未来に繋がっていくような嬉しさでいっぱいでした。妻は「よかったね。おめでとう。」と一緒に喜んでくれました。そして、妻が初めて施術を受けてくれた時、妻に認められたように感じ、感謝と喜びが湧いてきました。

愚直に、まっすぐ、懸命に

私は、これまで、家族と笑えること、痛みなく歩けること、安心して眠れることなど、当たり前にあると思っていたものが当たり前ではなかったことに、失って初めて気づかされました。そしてそんな時こそ、人の優しさと、人を信頼することを知り、そして自分が本当に求めている大切なものに気づいた気がします。それは私のすぐそばにいる人が笑顔でいること。その人が笑顔になることのお役に立てることが私の喜びなのだと知りました。

横浜院で施術をするようになり、4年ほどで施術述べ人数1万人を超えました。これは、諦めずに私を支えてくれた先生方、家族、そして、私を信頼して体を預けてくださっている患者さんのおかげに他なりません。そしてここからが私の本当のスタートになると思っています。

ご縁のある方がここに来てよかったと思えるよう、整体技術の研鑽を怠らないことはもちろん、自分の内面、心を磨いて参ります。まだまだ未熟者ですが、ここにはそれを実践していける場所があり、愚直に、お互いに切磋琢磨し信頼できる仲間が集っています。私が FMT 整体を大好きな理由です。穏やかで素直な心で一所懸命、真摯に目の前の人の笑顔のために、自分ができることを精一杯やっていくこと。これが私の最大で最後のチャレンジだと思っています。

FMT整体 三浦 博

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三浦 博(みうら ひろし)
横浜センター南院担当。福島県出身 3人の子の父。足底筋膜炎でFMT整体に通った元患者。まさか自分が通っていた院で施術をするとは思ってもみませんでした。治らないと諦めかけていた時に救ってもらったこの場所で今度は私が皆さんに“治る可能性”をお伝えしていく番です。